先週の土曜日、竜洋校では「サブテキスト徹底勉強会」と銘打ってテスト対策授業が行われました。


一番乗りで来た二年生がすぐにテキストを出して勉強を始めた時間には、夕焼けがとてもキレイでした。


一人


二年生が続々と到着。
いつもは決まった座席ですが、「早く来た順に好きな席を選んでいいよ」と言うと、なぜか後ろで横一列に・・・。
先輩の背中をじっくり観察してやろうという魂胆でしょうか。

だいぶ日も落ちてきました。


四人


三年生が揃うと、やはり空気が変わります。
目標(高校受験)までの一年の差は、勉強に対する目的意識や打ち込み方の差として明確に出ます。

皆の手が止まらなくなった頃、辺りはすっかり真っ暗です。


みんな


もちろん「受験に向けての努力」というには全然足りませんし、足りていないことを自覚してもらわなければなりません。
彼らは今、一回一回の授業、一問一問の解き方に、人生の重要な選択を賭けているのですから。

では、その自覚をどう培っていくのか。


ある先輩教師に言われました。


「テストが近くなれば生徒も当然一生懸命になるが、我々はその一生懸命に“ならざるをえない空気”を作っていかなければならない。」
「質問でさえ、教室の外に出なければできないほどの静寂と緊張感を作れるか?」
「生徒に“自分も手を抜けない”と思わせるほど、早く歩き、よく観察し、簡潔な指導ができるか?」


先輩はきっと、いつも自問自答しているのだと思います。


勉強を教える(理解させる)のは当たり前のこと。
勉強する気にさせる(モチベーションを高める)のも当たり前のこと。
しかし性格も、能力も、思考も違う集団を「1つの目的や想い」にまとめあげていくのは容易なことではない。

かといって、クラス全体の勢いや積極性なしには成り立たないのが集団授業。
私たちはこの土台を作るためにどれだけ創意工夫できるかが問われます。


日暮れて途遠し」などと格好のいい事を言える年齢ではありませんが、常に自己吟味・自己研鑽できる人間でありたいと思いました。


後ろの方から背中を見てくれているかもしれない彼ら・彼女らのためにも。